『通勤電車でなるべく座りたい』についてじっくり考えてみた

通勤電車で座りたい

首都圏に住んでいる人ならば、朝晩の電車におけるイス取りゲームの熾烈さはご存じの事と思う。

もちろん状況にもよるが乗車率から考えると、座席に座れる割合はおそらく3~5人に1人といったところだろうか。

毎日長距離を移動する場合、朝から数十分の間立ちっぱなしというのは疲れてしまう。

そりゃ当然、座席を巡る戦いは激化するに決まっている。

なぜ電車で座りたいのだろうか

聞くまでもない。座った方が楽だからだ。

が、もう一度よく考えてみよう。僕は本当にそこまで疲れているのだろうか。

例えばいつもの通勤時、たまたま目の前の席があいたとしても「ちょっとオジサン。この座席に座りたければ1回100円ね」と言われたら僕は座らない。

さすがにお金払ってまで座るほどは切羽詰まってはいない。別に我慢出来るからだ。

ということは、例え座れなかったとしても100円で忘れてしまう程度の疲労といえる。

また、左右が推定100kg超えの肉だんごに挟まれた席が空いても座らない。

あるいは隣のおじさんが激しく熟睡していて座ったら寄りかかられる事必至な席の場合も座らない。

全力で足を開いて世の中の全てを憎んでいるような殺意を伝染させる魔物の隣の席であってもやはり座らない。

これらの場合、座ったら返って不快な思いをする事が目に見えているからだ。

即ちこれも不快な思いをするくらいならノーサンキューという程度の『座りたさ』といえる。

慣れていない電車ならばきっと座らない

車窓からの景色もすっかり見飽きてしまい、いつ降りるかも熟知している。すっかりリラックスして乗っていられる。

毎日の通勤電車って、そんな感覚だと思う。

しかし、例えばこれが初めての海外の電車だったならばそこまで着席にこだわらないだろう。

見るもの全てが珍しいし、それなりの緊張感があるからだ。

また、飛行機に乗り遅れそうな時や大事な打ち合わせに遅刻しそうな時だって、例え立っていても何も変わらないとしても、気分的にはのんびり座っている場合じゃない。

相当の緊張感があるからだ。

同様に今にもゲロ吐きそうな酔っぱらいが、フラフラしながら車内をあちこち徘徊しているような電車でも、着席よりむしろ素早く動けるように立つことを選ぶだろう。

尋常ならざる緊張感があるからだ。

つまり、すっかり慣れきった電車だからつい座りたいという気持ちが出てくるだけなのだ。

逆に言えばある程度緊張感を持って生きていれば座りたいなどという泣き言は言わないハズだ!

座らない場合のメリット

逆にここいらで座らなかった場合のメリットを考えてみよう。

例えばアレだ。

足腰が丈夫になる。

他にも椅子取りゲームに参加しなくていいという気分的な余裕も出てくるハズだ。

後はそう、なんか事故ったら素早く脱出出来たりするんだ、多分。

まあそんな感じで色々だ。

実は座らなくてもいいのでは??

どうだろう?

こうして色々と理由を掘り下げてみると、なんか別にそんな必死になって座る必要性を感じなくなってきたのでは無いだろうか。

もしかしたら実は僕達は座りたいと思い込まされていただけだったのかもしれない。

もちろん、中にはお金を払ってグリーン車通勤する人もいるし、もちろん乗っている時間の長さによってはそれでもやっぱり座りたいと思うことはある。

だが、大半の通勤通学の距離に関して言えばそこまで必死になって座らなくてもいいような気がしてきた。

こう思うことができれば、朝の通勤にも少し気分的な余裕も出てくる。

余裕ができればちょっとしたことにもストレスを感じにくくなるし、中々座れなくてもやもやするようなこともない。

この精神的なメリットは意外に馬鹿にできない。

君も一度普段の通勤について、考え方を見直してみてはどうだろう。

おしまい

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